その女は深い深い谷を、数えきれない時間を使って登ってきた。
別に登らなければいけなかった訳ではなかった。ただ、やめてしまおうと山を下る度に、獣に襲われそうになったり、天候が荒れて動けなくなったりして、結局登るしかなくなってしまうので、目に見えない何者かが山の上まで追いやった。そう思えた。
細く切り立ったその山をずっと四つん這いで這い上がってきたので、女の手はまるで足の裏のように皮膚が分厚くなり、爪は押し潰されて波打っていた。
顔も体もすっかり年老いて、顔の皺は雨や風や日差しに耐えた時のまんまの形に固まっていた。
しかし心は若いときより随分と柔らかく、軽く、ほぐれていた。
山のてっぺんに手をかけたとに、ふと柔らかいものに手が触れた。何だろう?
膝をぐんと伸ばして覗き込むと、小さく草がしげっており、たった一つ花が咲いていた。
それは自分のためだと素直に思えた。
女は笑った。強ばって固まった顔中の皺が一斉により集まって輪のようにな並んだ。